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オペラ『Only the Sound Remains -余韻-』:森山開次インタビュー

2021年05月31日 (月)

東京文化会館 舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉 オペラ『Only the Sound Remains -余韻-』

森山開次(振付・ダンス)インタビュー

聞き手・文:高橋彩子(舞踊・演劇ライター)

photo_moriyama

繊細で霊的な音楽を、想像力で創り上げていく

——まず、カイヤ・サーリアホの音楽の印象を教えてください。
サーリアホさんは、空気や風、揺らめく炎といったものに敏感な方なのではないでしょうか。自然の音や情景に乗って、人の心や精霊の声、悪霊の声まで聴こえてくるような感覚があって、スピリチュアルにも思えます。

——特にいいなと感じるのはどんなところですか?
ウィスパーの合唱の入り方がとても好きです。能で言うところの地謡(じうたい)的な発想かもしれませんが、気持ちが良いし踊りやすい。カウンターテナーとバスの歌も良いのですが、歌詞を伴っていて具体的なので、そこに踊りを合わせると、いかにも“合わせている”風になるし、距離を保つと離れてしまうという難しさがあります。それに比べて言葉にならない音も表現する合唱は、ただただ心地いいですね。

——今回はアレクシ・バリエールさんの演出のもと、振付・出演として関わられています。クリエーションはオンラインで相談しながら行っているとか。
能『経正』を原作とするパートと『羽衣』が原作のパートの二部構成になっている作品で、バリエールさんはどちらもモノトーンのシンプルな世界を構想しているようです。世界初演(2016年ピーター・セラーズ演出)の時にはダンサーは『羽衣』にしか出ていなかったのですが、今回は『経正』にも出てほしいと言われて。経正は楽器を弾く繊細さも持ちつつ武将で、『羽衣』の天人は女性的なイメージなので、男性性と女性性の対比みたいなものをうまく出したいですね。『羽衣』で僕が踊る部分は決まっているので、宿題のような感じで振りを考えているところですが、『経正』では清経の怨念のようなものを演じる予定ではありつつ、演出家と歌手が来日してから決まっていく部分が多そうです。

——つまり、開次さんは、『経正』では経正の霊、『羽衣』では天人を踊るということでしょうか?
はい。どちらもカウンターテナーの方と同じ役を、二人して舞台上で表現することになります。こういう役割分担を、バリエールさんはじめ海外のクリエイターはとてもフレキシブルにとらえている気がしますね。日本にも伝統的に“見立て”のようなお約束の文化があり、お能では地謡がシテの謡を代弁したりシテがナレーションのような言葉を言ったりと曖昧なところがあるにも関わらず、今の日本ではわかりやすさが求められ、僕もそれに応えようとしがち。でも今回は彼らに身を委ね、曖昧さを想像力で定義していくような舞台表現を楽しみたいんです。

——先程、稽古を拝見しましたが、動きを考えながらめくっていらしたのは、楽譜ですか?
そうです。やはりまずは楽譜と向き合うことが重要になるので。というのもこの作品は、楽団が小編成なので楽器の音色が工夫されていて、繊細な部分がたくさんありますし、曲調もAメロ、Bメロのような感じにわかりやすく変わるというより常に繋がっているイメージ。歌詞も英語で、独特の響きをもったカウンターテナーが歌うので、今どこなのか見失わないよう、楽譜をしっかり把握しておく必要があるんです。さっき稽古していたのは『羽衣』で、僕が出るのは後半20分なのですが、激しい起伏がある場面なので、アウトラインを決めた上で即興で踊って創作しています。

——具体的にはどのような起伏がありますか?
先程、常に繋がっているような音楽とは言いましたが、歌詞での情景描写が移ろっていくのに合わせて音楽も変化していきます。また、天人と出会った漁師の白龍には、羽衣がほしいという欲や、天人に対する優しさ、天人の舞が見たいけれど先に羽衣を返したら舞わずに帰ってしまうのではないかという疑い、そして舞を見ての感動……といった感情の起伏がありますし、天人のほうには、人間ではない中にも人間の世界を垣間見ての感情の起伏がある。象徴的なのは、天人が「天上界ではないけれど、地上もやはり美しい」と言って去っていくこと。これは、人間の疑う心、欲や妬みなども含めて、美しいと言っているのではないかと僕は感じているんです。このオペラには、白衣と黒衣の天人が舞うという表現が出てくるのですが、月の満ち欠けのように、人間の醜い部分も含めて美しい一つのサークルなんですよと言っているかのよう。だから、天人なりの感情の起伏を描いた上で、天に昇ってしまう瞬間には自我も感情もなくひたすら舞う姿を見せたいと思います。

伝統と現代の距離

——開次さんご自身も、ダンス公演でしばしば能を題材にされていますね。能の魅力とは何だと思われますか?
最初は能『弱法師』が題材の『弱法師 花想観』(03年)、そこから能『翁』をもとにした『OKINA』(04年)、能『羽衣』をもとにした『HAGOROMO』(14年)など幾つかのダンス作品を創らせていただきました。歌舞伎や人形浄瑠璃などもある中、何故お能がしっくり来るのかといえば、やはりダンスを始めてからの色々な出会いの中でたまたまお能と出会わせてもらい、一つ関わったら二つ関わりたくなって、どんどん好きになっていったから。とはいえ、海外のクリエイターの皆さんが、僕が日本人だから能をよく知っていると考えているなら大間違いで、僕はもしかしたらサーリアホさんよりお能を知らないかもしれません。実際、『翁』がお能の中でどれだけ重い曲であるか、言葉では知っていたけれど当時はあまりわかっていませんでした。作品の中で能楽師の津村禮次郎さんを上半身裸にするなど、若くて何も知らなかったからやってしまったことです。なので、日本を代表してお能を、というようなことは無理ですが、僕なりのアプローチで、彼らと一緒に、改めて能の魅力を見つめていけたらと考えています。

——能は人形浄瑠璃や歌舞伎よりさらに古いので、洗練されていると同時に原初的でもある。そこに惹かれるという面もあるでしょうか?
“隙間”がたくさんあるところが魅力的ですよね。僕は、こういう修業をしたダンサーです、というような経歴がない分、ルーツのようなものを知りたい、体験したいという願望がある。伝統芸能の人間じゃないから、伝統芸能の方たちの芸のあり方に対するあこがれがものすごく強いんです。かといってそうした芸そのものをやりたいわけではないから、自分ができる範囲の体験から色々なことを知り、それを、自分を通して、違った形で伝えたいんです。

——日本の伝統芸能と同じように、オペラにも歴史があり様式的な伝統がある。今作は、その上に創られた現代オペラです。伝統芸能をご自分なりに消化しながら今の表現に至っているコンテンポラリーダンサーの開次さんに、通じるものがありそうですね。
僕も『ドン・ジョヴァンニ』(19年)の演出で一応はオペラの世界を体験しましたしね。あの時は、出演者のみんなにイメージを託していく作業を楽しみつつ、あの音世界に自分自身を投じられないことが歯がゆくて(笑)。今回は出演できて嬉しいですし、オペラ歌手たちが歌う空間で、自分自身の踊りをみつけてみたいですね。

“天人タイム”を届けたい

——コロナ禍での国際共同制作。どんなものにできたら、ご自身にとって意味があるものになると思いますか?
僕はコロナで最初に中止になったプロジェクトが、去年の2月の終わりに金沢の石川県立音楽堂で上演する予定だった『HAGOROMO』金沢バージョンでした。それが1年経って今年の3月に上演でき、この6月にもまた違う形の“羽衣”に取り組むことになります。昨年の緊急事態宣言の時は、もちろん不安もあったけれど、時がゆっくり流れていて、空を見上げて移ろいゆく雲を見て、という日々の中で時間の感覚がちょっと変わった感じがあったんです。こういう仕事をしていると、花や風、外の空気の変化などに敏感でなければいけないのに、忙しさの中でなかなか気づけなくなっていたところを、一度取り戻せた感覚があって。僕はこれを“天人タイム”と呼んでいるのですが(笑)、この天人タイムを皆さんに感じてもらうことが、両方の作品の世界観を届けることにも繋がるのではないかと思うんです。

——風や空気に敏感であることというのは、まさにサーリアホさんの音楽に開次さんが感じたことですよね。
そうなんです。そして、その風に敏感にチャンネルを合わせられるかどうかは、人による。聴こえる音が、あるいは聴こえ方が、人によって全然違う音楽なのではないでしょうか。

——お能もそうですよね。
引っかかるところが、観る人によって、タイミングによって、変わる。100人観て同じように感じなくていいという芸術のあり方ですよね。今回は、飽きさせないようにしようとか、踊りで魅せようとか、ちゃんとできているか疑うとか、そういうことは忘れ、何より音楽をしっかり味わって、天人が舞い降りてきたような時間と空間を届けるのが、僕たちの役割。そして、コラボレーションはあれこれ気にし出したら失敗するということを、みんな分かっているので、やりたいことに思う存分、集中する。それが、僕にとっては成功のバロメーターというか、今、海外から呼んで、観客にホールまで足を来てもらって、やる意味なんじゃないかと考えています。

 

オペラ『Only the Sound Remains -余韻-』
2021年6月6日(日)15:00開演 東京文化会館 大ホール
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関連企画:ワークショップ「カイヤ・サーリアホが描く音風景」
2021年6月1日(火)18:30開演 東京文化会館 小ホール
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