東京文化会館
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 指揮者には雄弁家が多い。
 というより、無口では務まらない職業なのだ。独唱や合唱とオーケストラが数百人並ぶ舞台で、指揮者は自分の演奏設計を的確に伝えねばならない。オペラなら背景など舞台装置を設営する作業の轟音のなか、自分が信じる作品観を楽団や歌手たちや合唱陣、さらに膨大な人数のスタッフに伝えねばならない。
 もちろん声が大きいことも必須条件だ。でも、それに増して不可欠なのは、ときに冷静に理路整然と、ときに猛烈な熱気と激情で、舞台上の人々の心を一気に束ねる「怒涛の説得力」、それこそが指揮者には必要なのだ。
 だから…国の内外を問わず「無口な指揮者」や「口下手なマエストロ」に会ったことがない。どこの国でも指揮者は例外なく雄弁で、圧倒的な説得力の話術を持つ人種なのだ。
 しかし、それを百も承知してなお、この人…マエストロ大植英次の超絶の雄弁には驚嘆してしまう。この稿の取材の日、マエストロ大植はシティホテルのラウンジのソファから、身を乗り出すように前のめりのまま話し続ける。常にも増して超人的な話ぶりは、体内に何かがメラメラと燃え立っているようだ。瞬時のゆるみもない緊張の持続なのだ。
 「きょうは疲れていて、記憶が曖昧かも知れない。ごめんなさい」
と、言いながら細部まで鮮明な博覧強記、千変万化の話術で、《響の森》vol.32「ニューイヤーコンサート2013」について、3時間近くを一気に語り続けた。

 各地の演奏会場で定着しているニューイヤーコンサートには、ウィーンの演奏会をお手本にした雛形がある。シュトラウス・ファミリーのワルツやポルカの詰め合わせだ。
 しかし、マエストロ大植が、東京文化会館の「ニーイヤーコンサート2013」に選んだのは、世界のどこにもない“The One and Only”、の曲目だ。なにしろ序曲が連続2曲あったり、挑戦的な選曲だ。
大植    まずモーツァルトの『魔笛』序曲。これは一種のファンファーレで始まります。何が始まるのかっていうと「幻想世界の物語」。だから現代日本の新年のファンファーレとして相応しい。幻想世界…ファンタジーを忘れないで行こうというメッセージを込めます。現実生活にもファンタジーが必要だし、それがあれば目指す星が見つかる。笛に導かれて魂の幸福に至る『魔笛』のように、日本人の一人ひとりが、目指す方向を見失わないための『魔笛』です。ファンタジーで始めたら、次に登場するのがベートーヴェンの『エグモント』序曲。原作がゲーテの戯曲。オランダ独立運動の悲劇の勇者が、主人公のエグモントですね。貴族の生まれだけれど民衆の味方をしてオランダの独立を痛切に願い、闘った。
 このベートーヴェン好みのヒーロー『エグモント』は、21世紀の日本の人々に何を考えさせるか。この時代、ヒーローが待たれているけれど、他所からヒーローを呼んでくる時代じゃない。民族や民衆の一人ひとりがヒーローにならなければ。その呼びかけを、この感動的な序曲で発信します。

 オーケストラの舞台に3台のピアノが並ぶのを眺めているだけでも壮観だけれど、その弾き手がまた素晴らしい。名前を観ただけで思わず「万歳!」を叫んでしまう2人の名奏者とマエストロだ。お膳立ては最高、どんな音の宴になるのか?
大植    ここは、お正月らしく華やかな風景を想像しての選曲です。モーツァルトの「3台のピアノのための協奏曲《ロードローン》」ですね。ピアニストは伊藤恵さん、野原みどりさん。名ピアニスト2人の饗宴。なんといっても「華」があります。そこへ私も「花咲か爺さん」になってピアノで入らせて頂きます。この曲は本来、ロードローン伯爵夫人の名前が付いた協奏曲で、娘2人と伯爵夫人がピアノ演奏を楽しむために作曲されています。私の場合はもちろん、日本の行く道に花を咲かせたいと、そう願って演奏しましょう。

 お正月の定番、シュトラウス・ファミリーのワルツやポルカは顔を見せないが、違った視点からワルツが選ばれている。
大植    ウィーンのワルツは盛んに演奏されてますから、こちらは、そのウィーンのワルツへのオマージュとしてラヴェルが書いた、その名も『ラ・ヴァルス(ワルツ)』を選びました。パリから眺めたウィーンの3拍子ですね。より豪華で、華麗で巨大な万華鏡を観るように刻一刻と変わるサウンドを堪能できます。一瞬として同じ音の風景はない。

 第4コーナーに当たる部分には邦楽が待っていた。しかもマエストロ大植が編曲した宮城道雄『春の海』だという。どんな音響になるのか、想像力が追いつかないのだが、マエストロ大植は、微笑して語る。
大植    もう16年ほど前に編曲したものです。私はね、楽譜を書くときに、スコア(総譜)を書かないんです。いきなりパート譜から書き始める。だから、この『春の海』もスコアが、もともとないから、篠笛とピアノの楽譜がどこへ行ったか不明のまま調べようがない。ところが、つい最近「あったよーっ」と、連絡があってね。じゃあ、ちょうどお正月にぴったりだから、2人で演奏しようと。篠笛の福原友裕さんは世界遺産に登録したいような音の名匠だしね。お馴染みの『春の海』の前と後に私のオリジナルの音楽を加えています。新たに表紙をつけた感じですね。西洋の額縁のなかに入った北斎の『富嶽三十六景〜神奈川沖波裏』みたいな雰囲気で楽しんでいただければ。それから『ふるさと』、これは歌えば解かる曲ですが、ここで言いたいのは、故郷は場所でなく、人なんだということ。人と人のあいだに故郷がある。そうして、海外でも人気の作品、外山雄三さんの『ラプソディー』を結びにします。

 音楽の道を歩み始めた頃のマエストロ大植が、足繁くその客席に通った東京文化会館は、「青春の音楽体験」の宝庫そのものといえる。新年は、その舞台へ初登場になる。
大植    東京文化会館!もう数えきれない演奏会を聴きました。当時は正面の受付から、楽屋口から、みんな顔見知りの方ばかりという感じでしたね。確実にサインをしてもらえる場所っていうのがあって、演奏会が済むとそこへ全力疾走したものです。思い出しても残念なのは、ヴァン・クライバーンのサインが、とうとうもらえなかったこと。向こうも全力疾走していたのか、とにかく逃げ足が速くって…。出演する立場から言えば、あの容積の大きな会場いっぱいに音を満たすというのは、指揮者にとって魅力ありますよ。楽しみです。

 そして、会場だけでなく、東京都交響楽団の指揮台にも初登場だという。
大植    そう、初めてです。東京都交響楽団だから都民のためのオーケストラという受け止め方もあるけれど、でも首都のオーケストラという意味に受け取れば、日本を代表する優れた楽団、日本人一人ひとりのオーケストラと思ってもいい。そういう気持ちで臨みます。
 それからベートーヴェンの『エグモント』序曲のところでも言ったんだけど、一人のヒーローでなく、それぞれ一人ひとりがヒーローとして存在する、そういう時代でしょう。日本は決して、うつむいているような国じゃない。海外に視点を置いて見つめれば、ひいき目でも感傷でもなく、「日本はいい国だ」と心の底から思える。それを音楽で発信してゆくことも大事ですね。

 2012年から2013年へ、上野から響く鐘の音と、楽の音で目覚めるのは、新しい年だけでなく、日本の未来と笑顔も目覚めるようだ。


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