音脈 Vol.66|東京文化会館公演情報 2017年4月~6月
11/24

11音脈2017 SPRING2017年度主催公演ラインアップ プロセニアムのスター達文/徳永二男(ヴァイオリニスト)COLUMNvol.07 アイザック・スターンさんとの最初の出会いは、1986年のことです。それは、ヨーヨー・マさんらも出演する『アイザック・スターンと仲間たち』と題された演奏会に、NHK交響楽団のソロ・コンサートマスターとして共演した時でした。憧れの巨匠を目の当たりにして圧倒されたものです。その後、スターンさんと江藤俊哉先生が共演する演奏会で、アンサンブルのコンサートマスターを務めたこともありました。 次にスターンさんにお目にかかったのは、サイトウ・キネン・オーケストラが、カーネギーホールの101周年記念コンサートに出演した時のことです。スターンさんがソリストとして、バルトークのヴァイオリン協奏曲を演奏したのですが、ソロとコンサートマスター、アシスタント・コンサートマスターとでアンサンブルをする箇所があり、スターンさんの楽屋で合わせをすることになったのです。この時、スターンさんに大変細かく指導していただいたことが、今も強く印象に残っています。 そして、1994年NHK交響楽団を退団した私は、宮崎国際音楽祭のプロデュースを任せていただくことになりました。これまでのご縁で、是が非とも音楽祭に招きたいと考えたのが、アイザック・スターンさんでした。技術も音楽性も世界に比肩するようになった日本の演奏家たちに、さらなる高みにある超一流の音楽家と直接触れ合って欲しいと願ってのことです。とはいえ、世界のヴァイオリンの神様とも言えるスターンさんが来てくださるのか、正直自信はありませんでした。それでも一縷の望みを持って連絡を取りました。すると、驚くことに、スターンさんは私のことを覚えていて下さり、徳永のやっている音楽祭なら行ってやろうと言って下さったのです。 こうして宮崎国際音楽祭は第一回目を迎えることになりました。1996年、スターンさんと初めて出会ってから10年の月日が経っていました。第一回の音楽祭で、モーツァルトの3番のヴァイオリン協奏曲を演奏することになっていたスターンさん。ホールに入って来るやいなやオーケストラの演奏を聴きたいとおっしゃるのです。それは、私にとって緊張の瞬間でした。最初の音が出たその時、なんとスターンさんが私を振り返り、微笑みかけたのです。そして休憩になると、私に近づき、「お前の耳は確かだ」そう言って抱き締めて下さいました。忘れられない思い出です。 また、私がソロの演奏を終えると、「ツギオ、ヴァイオリンを持って楽屋に来い」と言い、楽屋に駆けつけると、自分は20代ではこう弾いた、40代の時はこう、そして今はこう弾いていると、細部にわたって指導して下さるのです。これほどの巨匠でも、日々鍛錬し弛まぬ努力を重ねているのかと深い感銘を受けたものです。 それから亡くなるまでの6年間、スターンさんとの交流は、忘れえぬ思い出ばかり。私にとって終生の宝物です。最初の音楽祭から、宮崎に毎年帰ってきて下さったスターンさん。私には一年に一度のテストのようでもあり、スターンさんに、一年の研鑽を聴いてもらえる機会でもありました。 スターンさんにとって最後の宮崎国際音楽祭への参加は、2001年5月のこと。モーツァルトの弦楽五重奏を演奏し終えた刹那、スターンさんが、ぱたっと弓を床に落としたのです。もう支えきれないとでも言うように。次の瞬間、弓を拾い上げて、ニコッと聴衆に笑いかけるスターンさん。満場からの歓声と拍手は、いつまでもいつまでも続きました。これが、世界の巨匠アイザック・スターンが公の場で演奏した最期となったのです。 あれから15年、スターンさんとともに基礎を築いた宮崎国際音楽祭は、今年第22回目を迎えます。私も70歳を迎え、様々な工夫を重ねて、さらに進化しようと努力する日々です。今なお、スターンさんのあの頃の姿が目に焼き付いているからかも知れません。アイザック・スターン 1975年2月16日 東京文化会館 写真/木之下 晃

元のページ  ../index.html#11

このブックを見る