音脈 Vol.65|東京文化会館公演情報 2017年1月~3月
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5音脈2017 WINTER特集・出演者インタビューす時間が甘美であればあるほど、生殺しの地獄は深くその身を苛(さいな)む。すでに自分から失われてしまったものどもが、逆照射されるからだ。懊悩と煩悶の極地である。 ……とこのように『眠れる美女』は魅力ある小説だが、舞台化・映像化は、簡単ではない。なにより肝心の美女は寝ているので、話さないし動かない。つまり歌えないし踊れない。本来オペラにはまったく不向きな登場人物たちによる小説なのである。 そこで演出のギー・カシアスは本作で、この「致命的なまでの描きにくさ」を、ある方法で解決した。それは「2人で1つの役を演じる」ことである。「眠っている美女」の役を、「心情」と「身体」の2つに分けたのだ(ギーはあるインタビューで、シディとのアーティスティック・ミーティングがこのアイデアの元だと言っている)。 舞台は上下に区切られ、伊藤は着物生地が一面に広げられたその中央に存在する。裾野が広がった女性を俯瞰で見ているようでもあるが、ときに宙吊りのようなアクロバティックな姿になるなど、この位置関係は様々に変化していく。 ここで伊藤が踊るのは、目の前で眠っている現実の美女の身体ではなく、男の脳内に広がる迷妄の肢体である。美女の役を二人に分けたことによって、昏睡している美女とは別に、妄想の中の美女を視覚化することに成功したのだ。 それはときに艶かしく男を誘う。決して結実することのないことを知りつつも、その動きはいや増し、止めることができない。その思いと渇望に、男の胸は焼かれていくのである。 本作には派手な大仕掛があるわけではない。初めから終わりまで、生と性そして死のイメージが、舞台上のそここに浸潤している。 生で結実せぬ想いは、死をもって獲得するしかない。その成否はぜひ舞台を見て判断していただきたいが、川端が描いた「乾いた爛熟」ともいうべき作品を、ベルギーのアーティストがこれほどに深い理解でオペラ化したことには驚嘆せざるを得ない。 静かに、そして胸の深奥に細く長く突き刺さる体験となるだろう。P10参照公 演 情 報©Kurt Van der Elst東京文化会館開館55周年・日本ベルギー友好150周年記念オペラ 「眠れる美女~House of the Sleeping Beauties~」 シディ・ラルビ・シェルカウイ 文/乗越たかお(作家・舞踊評論家)essay 01振付のシディ・ラルビ・シェルカウイとダンサー伊藤郁女の魅力を通し、川端康成晩年の傑作のオペラ化『眠れる美女』の魅力をダンスの面から探る! シディ・ラルビ・シェルカウイはいま世界のパフォーミングアーツ界で最も人気の高いダンサー・振付家である。 ベルギーを代表する振付家アラン・プラテルのカンパニーに属していた。日本で初めて彼の作品が上演された『ダヴァン』はその頃の作品だ。盟友のダミアン・ジャレを含めた4人での共同振り付けながら、その個性はすでに色濃く際立っていた。 日本での上演回数も多く、つい最近も本物の少林寺の僧侶たちと作った『sutra スートラ』で、あらためてファン層を増やした。また手塚治虫をモチーフにした『テヅカ TeZukA』など、日本との共同制作にも積極的だ。 いったい何が彼を求めるのか。 まずシディ自身がズバ抜けた身体能力を持っていることが挙げられる。踊りの柔軟性はもちろんだが、各国の伝統や文化から、そのエッセンスをスッと自分のものにできる特異な才能がある。そして様々なアーティストと自分の持ち味を融合させる感覚がズバ抜けているのだ。またダンスであっても、ほとんどの作品に生歌を使う。オペラには最も親和性のある振付家のひとりと言えるだろう。 ダンサーとして参加する伊藤郁女もまた、世界的に活躍している。バレエの基礎にしっかりと裏打ちされながら、驚異的な柔軟性と強烈な個性をほとばしらせるダンサーである。小柄な身体からは思いもよらぬほど膨大なエネルギーを放ち、一瞬にして劇場いっぱいに充溢させ、圧倒してみせる。 伊藤はこれまでフィリップ・ドゥクフレ、アンジェラン・プレルジョカージュといった一流の振付家と協働してきたが、自身の振付作品も多い。パリのダンスシリーズで、彼女だけが2作品上演するという破格の待遇で迎えられていたほどである。 つまりダンスファンにしてみれば、この『眠れる美女』は「シディと伊藤とのコラボレーション」という点だけを取り上げても、決して見逃せない作品なのである。  本作の原作はノーベル賞作家・川端康成の晩年の傑作『眠れる美女』である。 高齢で男性の機能を果たさなくなった男が、睡眠薬で眠らせた若い女と一夜を過ごす妖しげな宿が舞台である。 決して満たされず、果たされない欲望。若く美しい女と過ご(振付) オペラ「眠れる美女 ~House of the Sleeping Beauties~」

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