音脈 Vol.64|東京文化会館公演情報 2016年10月~12月
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音脈2016 AUTUMN6P11参照公 演 情 報©Sasha GusovMusic Program TOKYOプラチナ・シリーズ 第4回「タチアナ・ヴァシリエヴァ〜無伴奏チェロの若き至宝〜」 タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)essay 02 2008年11月、ユーリ・テミルカーノフ指揮/サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の日本公演で、チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」のソロを弾いたのが、タチアナ・ヴァシリエヴァだった。そのとき筆者は、同曲の納得できる生演奏を初めて聴いた。この曲を生で完璧に弾くのは意外に難しく、高音の箇所で音程が外れる、快速部分を弾き飛ばすなどの例が実に多い。しかしヴァシリエヴァは、全ての音を正確に弾いた上に、自然な情感を湛えながら、楽曲の最上の魅力を表出した。そして彼女は、忘れ難い存在となった。 ロシアに生まれた彼女は、1994年ミュンヘン国際コンクールで第2位を獲得。ベルリンでダーヴィド・ゲリンガスに師事し、2001年ロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクールで第1位を獲得した。同楽器の最高峰のコンクール2つの受賞だけでも実力の高さが分かるし、揺るぎのないテクニックは、師のゲリンガス譲りでもあろう。 以後、ヨーロッパを中心に活躍を続け、これまでに、パリ管、チューリッヒ・トーンハレ管、ベルリン・ドイツ響等と、ロストロポーヴィチ、エッシェンバッハ、P.ヤルヴィ等の指揮で共演している。室内楽にも積極的に取り組み、ロッケンハウスをはじめ数多くの国際音楽祭に出演。バシュメット、クレーメル、ヴェンゲーロフらと共演し、ベルリン・フィルハーモニー弦楽五重奏団のメンバーでもある。 そして、大の日本贔屓だ。彼女には、2度インタビューしたことがある。最初は2009年、フランスのナントにおけるラ・フォル・ジュルネ音楽祭の会場だった。当時彼女は、「日本にいても外国人じゃないような気がします。寿司、鍋、蕎麦……食事は何でも大好き」と語っていた。2度目は2014年の東京。このときも「日本にはもう数えきれないほど来ています。友だちが多く、文化も大好きで、色々な面に愛着を感じています。日本語も勉強し、昨年の公演後は京都に2週間いて、東京では部屋を借りて生活しました」と語った。2011年5月、彼女はあの大震災直後にも来日し、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに出演した。海外音楽家はみな日本を称賛するが、ここまで本気な例は滅多にない。演奏との関係はさておき、我々が親しみを感じ、応援したくなるのは確かだ。 今回は“無伴奏プログラム”。J.S.バッハの無伴奏組曲第1番と第5番、コダーイの無伴奏ソナタが並んでいる。チェロのバイブル=バッハの組曲は、彼女も2008年に全曲を録音している。そのCDとナントでの本番を聴いた感触は、ナチュラルなフレージングによる流動性のある表現。音楽の躍動感やしなやかさが表に出され、組曲が本来“舞曲集”であることを再認識させる演奏だった。 コダーイの無伴奏ソナタは、ハンガリーの民族色とモダンなテイストが融合した、ハイテンションのウルトラ超絶技巧曲。同曲も2005年録音のCDがあり、11年前ながら、難技巧も鮮やかな、フレッシュで推進力に充ちた快演を聴かせている。ここでも感じさせる流動性や爽快感は、彼女の良き持ち味と言っていい。 だが、2009年にはこう語っていた。「バッハの無伴奏組曲は、一生かけて上手くなっていく作品だと思います。一番の魅力は、曲の中に沢山の違った感情が込められていること。奏者の人間性が変わると、曲のもつ意味も変わる。いわば人生を通して変わり続ける音楽だといえるでしょう」。 この後、彼女は出産を経験し、2014年秋にはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者に就任した。同年のインタビューでは、「オーケストラでさらなるレパートリーを身に付けたいと考えました。最高の楽団ゆえに学ぶことも多いですし、首席奏者は年間半分の公演に出ればいいので、ソロ活動との両立もできます」と話し、筆者が「ヴァイオリンの樫本大進が、『ベルリン・フィルで様々なことを経験し、ソロ活動にフィードバックさせたい』と話していましたよ」と言うと、彼女は「私が考えているのも、まさにそれです」と答えた。 休む間もなく弾き続け、演奏家のすべてが露わになる無伴奏曲は、弦楽器奏者にとってことのほかチャレンジングだ。ましてや、長調と短調の古典的名曲に、近代の技巧的大作……スタイルの異なるこれらを一夜で弾くのは、ある意味“大勝負”といえる。「人生を通して変わり続ける音楽」と烈しい難曲は、新たな経験を経た今、どのように弾かれるのだろうか?佳き名手の“しなやかな勝負”が楽しみでならない。文/柴田克彦(音楽ライター)200年の時を超えた2大無伴奏チェロ作品を濃密且つ躍動的に奏でる究極の一夜。多彩な活躍を続ける名花の“いま”を体感する!"Music Program TOKYO " プラチナ・シリーズ

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