音脈 Vol.64|東京文化会館公演情報 2016年10月~12月
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3音脈2016 AUTUMN特集・出演者インタビュー―日本の文豪・川端康成の原作をベルギーのクリエイターがオペラという形で作り上げた舞台に参加されるわけですが、これは日本側のキャストにしてみるととても興味深い状況ですよね。長塚京三「われわれが読書という体験の中で陰々滅滅とした雰囲気で文学的に完結させてきたものを、外国人がオペラにするというアイデアが面白いなと思いました。映画でも小説でも、西洋人が日本のものに手を加えると、概ねラショナル(合理的)な手法になると思うのですが、それは芸術的な優劣といったことを超えて、強い説得力をもつ表現になるんです。川端さんは西洋的な教育を受けた人だし、案外それが正しいのかも知れない。日本人が青年時代に読んで、わりと狭苦しく解釈してきた川端作品を、オペラという「いいもの」のために力強く溢れ出させる、それも我々と違う文化圏の人たちがやった…というのは、とてもポジティヴなことだと思います」原田美枝子「私は原作を読んで、オペラの録画を見せていただいたのですが、最初は『何が起きているんだろう』と必死に映像を目で追っていました。一生懸命見ていたら、コンテンポラリー・ダンスをやっている一番下の娘がシェルカウイさんの名前を見つけて『お母さん、この人すごい人だよ』と教えてくれたり(笑)。あとは、純粋に興味が湧きましたね。これを自分がやることになったらどうなるんだろうと。そのあとに原作を読んで、小説の印象と、役者や歌手やダンサーが舞台で動いている感じが、日本人にしてみると違和感があると思いました。お茶をいれる仕草にしても、襟が大きく空いた着物の着方にしても、西洋人から見た日本人の所作なんです。それを日本人がやるのは冒険ですし、意外性もある。私たちにとっては、冒険のほうが楽しいんですね」長塚「同じ原作でも、西洋人は違う発想で演繹していく。僕が演じる老人役も、一人称の内省を大勢の人が役割分担して表現するんです。日本人じゃないから考え方が違うんだけど、そこにどう入っていくかは本当に冒険ですね」原田「私たちが翻訳ものでシェイクスピアをやったりするときと状況は似ているかも知れません。エリザベス一世をやったことがあるんですけど…イギリス人からしてみたら、とんでもないと思うんですよ。芝居だから出来ちゃうわけで。それが今回は反対になるんだと思います。それと、私は歌手ではないから、東京文化会館の舞台に立てるということも、今後ないと思うんです。オペラに出るということもないと思うし。そこに立つことが出来るのはよほどすごいダンサーか音楽家でないと…俳優の自分がそこに立てることが、すごくドキドキして嬉しい。伝統ある舞台で、色々な感銘を受けた場所ですから」―オペラ座の幽霊ではないですが、東京文化会館にも由緒ある幽霊がいる感じがしますね。原田「そうですね。その人たちにダメダメ、と言われないようにしないと(笑)」―(笑) 俳優さんと作品の関係というのは、偶然ではないと思うこともあります。それまでの仕事や生き方が、どうしようもなく作品のほうを引き付けてしまう、そのプロダクションに「呼ばれてしまう」というケースが多いのではないでしょうか?長塚「…この年になるとね、いわゆるテーマを背負うようなホン(脚本)がないんです。日本だと。海外だからすべていいというわけではないんですが、一人の俳優があるテーマを背負って作品を撮り続ける、ということをしている人もいる。そういう役をいつも待ってるわけです。テーマを背負えるような…さもなくば、自分で書くしかないわけですから。シナリオにしろ戯曲にしろ。待たなきゃならないのがちょっと悔しいんだけど…どんどん年もとっていきますしね。今回は、老人の話でしょ。僕も老人だから「もろ」だし、あまりにも生な感じ。それくらい自分とテーマの重なり合いがあるんです。老いていく恐怖とか、そう長くない先に死ぬ恐怖とか。そういうものとの闘いです。だからやっぱり、僕の世代の俳優にしてみると、これは冒険なんですよ。人の言うことを一生懸命聞いて「まねび」みたいなことをして出来ることなのか分からないけれど。多分、案ずるより産むが易し、ですよね。稽古で何が出てくるかわからないと思います」―演出のギー・カシアスさんのビデオ・メッセージなどを拝見すると、作品への愛情が凄いですし、賢い方ですから、日本の役者の意見も取り入れて作っていくのではないかと思います。長塚「昨年オーディションでお会いした際に、作品への思いなどを聞き、フレキシブルな方だと感じましたので、いい方向にいくらでも変化させていくことが出来ると信じています」―原作の日本語の質感というのは、やはり独特のものがありますか?長塚「小説を読むと、ずいぶん貧しい感じがしますよね。時代背景にしても、海辺の旅館という設定にしても。てかてかに光った廊下や階段がある建物、と僕は想像するんだけど。もともとは人の別荘だったのかも知れないけど、結構階段なんかも急だったり手狭だったり。そういう異質なところに出かけていく僕というのが、なんというか、しょぼいというか、渋いという感じがするのね。原作はそういうところが面白い。原田さんとの会話も、結構おかしいんだよね。普通に話していると。力関係とかやり取りとかが、現実ではありえない。『転ばないでくださいね』と言われて『僕はそんな老人じゃない。老 オペラ「眠れる美女 〜House of the Sleeping Beauties〜」

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