音脈 Vol.63|東京文化会館公演情報 2016年7月~9月
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8音脈2016 SUMMERオペラ「眠れる美女 〜House of the Sleeping Beauties〜」©青柳聡5月10日の記者発表会より、長塚京三、原田美枝子文/千葉さとし(音楽ライター)essay 02東京文化会館開館55周年・日本ベルギー友好150周年記念オペラ 「眠れる美女 ~House of the Sleeping Beauties~」川端康成原作「眠れる美女」ー2009年にベルギー王立モネ劇場で初演されたオペラ、12月10・11日に日本初演! 今年12月、東京文化会館では開館55周年を、そして日本・ベルギー友好150周年を記念して川端康成の小説によるオペラ「眠れる美女 ~House of the Sleeping Beauties~」を日本初演する。 原作小説「眠れる美女」はほぼ全篇が主人公、未だ枯れきらずしかし中年にしては脂が抜けてしまった男性、江口のモノローグで構成される作品だ。物語は彼に供される快楽の場、とある秘密の館で展開する。その館が供するのは「すでに男ではなくなった客に、眠る全裸の処女と一夜を共にさせる」というインモラルな愉しみだが、あくまで夜伽ではなく「眠る乙女と一つの部屋で共に眠り、朝になれば言葉も交わさず立ち去る」形の奇妙なものだ。 眠らされて目覚めない少女との一方通行の関係の中で、客は眠れる少女を隈なく見て触れて、そしてともに眠る。そこで主人公は入眠時の模糊とした意識の中、夢とも現ともつかない多くの想念と戯れる。死を指して「目覚めない眠り」などとも言うが、ここでは「眠り」を通じて生死の境界のイメージが、また川端生涯のモティーフである「過去の女性」への想念が展開される。 この館を気に入った主人公が繰返し訪れる中で感じ、想像し、経験する事ごとが執拗に、しかしどこか乾いた筆致で描かれるこの作品は世界的に高く評価され、三島由紀夫は手放しに「形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た方向を放つデカダンス文学の逸品」(新潮文庫版 解説より)とまで評している。 その小説を、演出のギー・カシアス、作曲のクリス・デフォートの二人はテキストと映像的イメージと音楽、どれかを優先させることなく協働でオペラ化したという。その結果、このオペラは台詞と歌唱、そしてダンスと映像など、舞台上にあるすべての要素による示唆的な、重層的な表現によって構成されることとなった。 たとえば主人公は役者とバリトン歌手、つまり演技と音楽によって二重化され、彼が出逢う眠れる美女たちもまたダンサーと4人の女声コーラスによって視覚/聴覚を重ねあわせるよう作られた。また、ソプラノは名前ありの明確な役ではない抽象的な「女」とされているが、これは主人公の回想に現れる女性たちの想念であり、劇中では主人公の歌手と音楽的対話を進める重要な役どころとなるという。 このオペラが採用した、「ひとつの対象を複数の感覚に対して別個に働きかけるよう創りあげる」手法は、必ず受容されるときに「ズレ」を生じる。そのズレはきっと、受け手を多様な「読み」へと誘う、どこか挑発的なものとなるのだろう。振付、美術他のスタッフも世界的に活躍するアーティストが集まって創りあげるこの舞台が示す細部までを貪欲に受け取り、その上で存分に読みの可能性を楽しもうではないか。 今回の日本初演に、カシアス、デフォートに加えてオペラの初演者たち、指揮のパトリック・ダヴァン、バリトンのオマール・エイブライム、そしてダンサーの伊藤郁女が参加するのは朗報だ。特にも「2009年の初演から時が経ち、身体的条件も役に対する理解も変わった」と語る現在の伊藤郁女が創りだすダンスは、ある意味では「新作」に近いものとなるだろう。 また、今回の日本初演にあたり老人と館の女主人の場面は日本語化され、それぞれを長塚京三と原田美枝子が演じることが発表されている(二人はオペラの舞台には初登場だ)。こうした変更や調整にはとどまらない「再創造」によって、東京文化会館での日本初演は、再演の枠を超えてこのオペラの新たなるバージョンとなる可能性を秘めたものともなるだろう。12月の上演が今から待ち遠しい。

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