音脈 Vol.58|東京文化会館公演情報 2015年4月~6月
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3音脈2015 SPRING特集・出演者インタビュー1972年11月28日~12月4日の二期会オペラ公演『ワルキューレ』より(写真右) 提供:(公財)東京二期会《響の森》vol.36「ドイツ・ロマンの森~ワーグナー&ブラームス」information!6月3日(水) 19:00開演(18:20開場)詳細は5ページをご覧ください。飯守泰次郎©青柳 聡大ホールしてしまうようなイメージがありますが、第4番ではやる気を取り戻し、そうはさせないぞ、と。これぞまさに老人パワーです(笑)。腰痛を克服しています。ブラームスはみずからに厳しい課題を与えており、それがとくに第4楽章のエネルギーに表われていると思うのです。あのパッサカリアは、作曲の技術から見ても驚くべきものがある。自分も老境にさしかかって、この曲を都響さんと演奏できるのは、本当に嬉しいのです。―東京文化会館の開館以来、さまざまな公演に携わっていらっしゃるマエストロに、是非当時の思い出話などを伺いたいと思います。最初に名前をお見かけするのは、1961年11月、マンフレート・グルリットが指揮する、グノー『ファウスト』ですね。 グルリット先生!懐かしいなあ。そのすぐ後、12月に合唱指揮として『お蝶夫人』もやりました。翌62年10月は、前半に『白鳥の湖』、後半に『道化師』をやる、というすごいプログラムですが、この時は現在の新国立劇場舞踊芸術監督の大原永子さんが『白鳥の湖』に出演されていましたね。65年には、伊藤京子先生が歌われたブリテン『戦争レクイエム』日本初演で副指揮を務めたこともいい想い出です。 文化会館で正式な指揮者としてデビューしたのは、62年10月のロシア民謡の夕べ、というイヴェントです。(写真を見ながら)まだまだ小僧ですねえ(笑)。この時、燕尾服のチョッキを忘れたんですよ。そしたら福永陽一郎先生が、僕のを使いなよ、と。その時は事なきを得たんですが、最後に3人で並んで登場しなくてはいけない。すると福永先生が「じゃあ僕は慣れてるからね、こんな風にして隠していけば気がつかれないよ」と。本当に親切な方でした。 72年に『ワルキューレ』を指揮したときは、僕があまりにドイツ語にうるさいので(笑)、中山悌一さんに「もうここまでやればいいだろう、もうちょっと先に行きましょう」とその場で軌道修正していただいたことがあります。オーケストラの奏者もほとんど僕より歳上でした。僕の棒がわかりづらくて、一拍目がどこだかわからない、と言われましたよ(笑)。でも、最終的にはすごく協力してくれました。若い指揮者が通る道ですよね。好きなようにやらせておこう、と甘やかしてしまうのでは伸びなくなってしまう。厳しい指摘をいただいた、東京フィルのメンバーには感謝しています。―2000年以降、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とのオーケストラル・オペラがありました。 シティ・フィルの25周年を祝う、ということで、オケの側がワーグナーをやろう、と言い出したわけです。『ラインの黄金』ならば2時間半だから、と崖から飛び降りるようなつもりで演奏したところ、これが大変な評判をとりました。ワーグナー協会さんからも是非続けて欲しいと仰っていただき、続けることになり、内容の濃い一連のワーグナーを演奏することができました。東京二期会とは08年にふたたび『ワルキューレ』、12年には『パルジファル』がありました。 客席でもたくさん聴きましたよ。オーケストラとオペラの両方を安心して演奏できる劇場というのは、いまなお東京文化会館だけではないでしょうか。130回以上、指揮をさせて頂いたこの劇場が僕を育ててくれた、ということには、まったく疑いの余地がありません。《響の森》vol.36 「ドイツ・ロマンの森〜ワーグナー&ブラームス」1962年10月17日 藤原歌劇団コーラス・フェスティバル「ロシア民謡の夕べ」プログラムより

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