音脈 Vol.58|東京文化会館公演情報 2015年4月~6月
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音脈2015 SPRING2©武藤 章―今回は、数あるワーグナー作品の中から『タンホイザー』と『トリスタンとイゾルデ』を選ばれました。 初期作品では、『タンホイザー』序曲が、いちばん醍醐味があると思います。曲が劇的で変化に富んでいて、ヴェーヌスベルクと騎士の世界の対比など、聴かせどころが満載です。『トリスタン』では半音階と転調を複雑に使って、作曲法の大革命をやってみせたわけです。そういう意味では『タンホイザー』は全音階的、『トリスタン』は半音階的といえるでしょう。ワーグナーは愛の問題を徹底的に掘り下げ、この音楽を聴いた人たちが、その愛の欲求を実際に経験してしまうかのような気持ちにさせる。彼がいちばん得意とする、人間の心の動きを操作する音楽にまでたどり着いています。それを描く際の隠し味が「トリスタン和音」であり、音楽の世界に革命をもたらしました。解決するようで解決していない和音が、愛の欲求を次から次へとかき立てていきます。その音楽はまさに麻薬のような効果をもっていて、この音楽に酔いたくない人はワーグナーを極端に嫌うわけです。これはワーグナーが生きていた当時からそうです。ワグネリアンとの対立は常に繰り返されていました。―作曲家の存命当時から、反ワーグナー派はブラームスを祭り上げたわけですが、実際にブラームスはワーグナーをどう捉えていたのでしょう。 若手が台頭することに対してはとても警戒し、シニカルな態度を示していた一方で、ワーグナーに対しては畏敬の念をもっていたと思います。ワーグナーは劇音楽一辺倒であり、ブラームスはベートーヴェン以来のシンフォニックな音楽・絶対音楽のほうを選んだ。何が起きているかを彷彿とさせる音楽と、音そのものの美しさを追求する音楽の違いですね。ブラームスはワーグナーを危険視する必要がなかった、ということでしょう。ハンスリックがブラームス派でワーグナーを敵視したというように、聴衆はそういう対立を煽り、党派を組みたがるものです。ワーグナーの側は、自分に絶対の自信があって、ブラームスをあまり問題にしていなかったと思います。―今回取り上げるブラームスの『交響曲第4番』に、ワーグナーの影を感じることはないでしょうか? 第4番ともなると、ブラームスの音楽がどんどんプライヴェートな内容になり、精神的内容よりも、彼が歳をとって感じていた描写的な要素が顔を出してきます。もっとも、彼はもう第1番から老成していますが(笑)。どこか腰を引きずるような、ブラームスが患っていた「腰痛」の動機が出てくるのを感じます。また、無骨さ、パーソナルな部分がより大きくなるような気もします。第3楽章はとたんに明るく飛び抜けたハ長調。ワーグナーが『マイスタージンガー』で用いたハ長調も影響を与えているでしょう。非常に単純な音楽でありながら力強い。そして第4楽章のパッサカリア、30回以上の変奏によって、管弦楽にあれほどの変化が生まれるというのは、ワーグナー以降でなくてはできなかったのではないでしょうか。もはや劇音楽のようです。それでも、厳格な定旋律は変わらない。―最終楽章にベートーヴェン的な歓喜の音楽をおかず、あっさりと終わってしまう音楽を書くようにもなりました。 交響曲第3番の最後もピアニッシモですよね。この曲で引退130回以上指揮したこの劇場が、僕を育ててくれました。interview 《響の森》vol.36「ドイツ・ロマンの森 ~ワーグナー&ブラームス」飯守泰次郎 (指揮)取材・文/広瀬大介(音楽評論家)

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