音脈 Vol.58|東京文化会館公演情報 2015年4月~6月
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音脈2015 SPRING10東京文化会館の元館長、遠山一行氏が2014年12月10日にご逝去されました。1983年から1996年まで13年間に渡り、東京文化会館の館長を務められました。遠山一行氏のご冥福を心よりお祈りいたします。追悼 遠山一行 元館長東京文化会館 私が遠山一行さんの知遇を得るようになったのは、今から六十年以上も昔、パリに留学していた時以来のことである。当時日本人の留学生はそれほど数多くはいなかったが、音楽会に行けば、作曲家の三善晃さんやピアニストの江戸京子さんなどとよく出会った。遠山さんとも、そのような機会に親しくお話するようになったのである。 ただ、批評家遠山一行の名前は、フランスに行く前からよく知っていた。今でも忘れられないのは、戦後はじめて、メニューヒンが日本で演奏会を行った時のことである。当時は今と違って、日本までやって来る音楽家は稀であったので、メニューヒンの来日は熱狂的と言ってよいほどの讃辞で迎えられた。そのなかで、遠山さんだけは、この巨匠に対して充分な敬意を払いながらも、演奏には不満だとはっきり述べていた。その明晰な文章に接して、この人は信頼できる批評家だという印象を強く抱いたのである。 フランスから帰国後も、遠山さんとのお付き合いは家族ぐるみで続いた。そのご縁で、オクスフォード大学教授のエドガー・ウィントが英国のBBC放送で行った連続講演をまとめた本の翻訳を岩波書店から依頼された時、音楽関係の用語や文献について、遠山さんから丁寧に教えていただいた。その日本語版『芸術と狂気』が刊行されたのは、1965年のことである。 それから間もなくであったろうか、ある日遠山さんが、「話がある」と言って、上野の国立西洋美術館まで来られた。「話」というのは、今度新しい批評雑誌を創ろうと思うので、参加しないかというお誘いである。それは、音楽なり美術なりの特定の分野に限定されたいわば業界向けの雑誌ではなく、今日の言葉で言えば領域横断的にさまざまのジャンルを見据えて、芸術の本質ないしは在り方を考えようというはなはだ意欲的な企画で、文学関係では江藤淳さんに参加して貰うつもりだという。私はそれまで江藤さんと面識はなかったが、遠山さんは以前からよくご存知だったらしい。遠山さんを中心にこの三人で何回か集って、新雑誌の内容についていろいろ議論を重ねた。私の家に集った時には、遠山、江藤両夫人も来られて、食事の後ご夫人たちは、私の家内とともに別室で歓談していた。このようにして生まれたのが、『季刊芸術』である。 最終的に、同人に古山高麗雄さんを加え、同人四人の体制で雑誌は運営された。当時古山さんは『芸術生活』誌の編集長であり、芸術界に広い人脈を持つ練達の編集者であった。後に古山さんは、『季刊芸術』誌に発表した「プレオー8の夜明け」で芥川賞を受賞し、作家として大きく羽搏くこととなる。遠山さんも、雑誌創刊の当初から、いずれ美術論を書きたいと述べておられた。実際、パリ滞在時代には、音楽会と同じくらい美術館や展覧会に足を運ぶ熱心な愛好家であり、また美術に対する深い造詣の持主でもあった。遠山さんの卓抜な「マチス論」は、その見事な成果である。 批評家としてのこれらの充実した活動と並んで、明治以降の日本の音楽の歴史を支えるさまざまの資料、例えば作曲家の自筆楽譜やメモ、あるいは演奏会記録などを収集保存するために日本近代音楽館の設立に力を注ぎ、私財を投じて守り続けたことも、忘れられない大きな功績である。(遠山さんの集めたこれらの貴重な資料は、現在、明治学院大学の近代音楽館に収められている)その背景としては、音楽の、さらには芸術、文化の発展のためには、歴史に対する理解と社会の支持が欠かせないという強い信念があった。後に、東京文化会館の館長を勤められた時にも、優れた音楽家に活動の場を提供すると同時に、絶えず聴衆の視点に立って運営することを心掛けておられた。誰に対しても礼儀正しい温厚な人柄の奥に、芸術に対する並々ならぬ情熱を秘めた遠山さんの存在がいかに大きなものであったか、今改めて追慕の念を禁じ得ない。合掌。追 悼文/高階秀爾高階秀爾Shuji TAKASHINA1922年東京生まれ。1944年東京大学文学部美学美術史学科卒。東京大学大学院で音楽美学を専攻。クラシック音楽評論の第一人者として活躍。1983年から1996年まで東京文化会館館長を務める。日本近代音楽財団理事長、桐朋学園大学学長、新国立劇場副理事長、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル音楽監督などを歴任。紫綬褒章、勲三等旭日中綬章、フランス文学勲章オフィシエ章、毎日芸術賞受賞。1998年文化功労者に選ばれる。主な著作訳書に、『遠山一行著作集 全六巻』(新潮社)、『マチスについての手紙』(新潮社)、『ショパン』(講談社学術文庫)、『猫好きの話 西麻布雑記』(小沢書店)、『アルフレッド・コルトー』(共訳、白水社)など。2014年12月10日逝去、享年92歳。美術史家・美術評論家・東京大学名誉教授・大原美術館館長。1932年生まれ、東京大学教養学部卒業、パリ大学及びルーヴル学院で西洋近代美術史を専攻。東京大学教授、国立西洋美術館長等を経て現職。2000年紫綬褒章、01年仏、レジオン・ドヌール シュヴァリエ勲章、02年日本芸術院賞・恩賜賞、05年文化功労者、12年文化勲章。『ルネッサンスの光と闇』で芸術選奨文部大臣賞受賞。『20世紀美術』、『西洋の眼 日本の眼』、『想像力と幻想』などの著書のほか、クラーク『ザ・ヌード』、ウィント『芸術と狂気』などの訳書も多い。著者プロフィール遠山一行 Kazuyuki TOYAMA

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