音脈 Vol.38|東京文化会館公園情報 2010年4月~6月
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音脈2010. Spring3あの竣工の年̶̶1961年の陽春4月7日、ホールではウィルヘルム・シュヒター指揮のNHK交響楽団が演奏するベートーヴェンの「エグモント」序曲とバッハの管弦楽組曲第3番による「落成式記念演奏」が行なわれた̶̶と記録にはある。そして17日からは、ロイヤル・バレエ来日公演を初日として「東京世界音楽祭」が開幕、レナード・バーンスタインが指揮するニューヨーク・フィルをはじめ、アイザック・スターン、ジュリアード弦楽四重奏団、ヘルマン・プライ、タイとインドの古典舞踊団、日本の伝統芸能などの公演、その他にも講演会や討論会などを網羅しつつ、大規模に開催されたのだった。ちなみに、ニューヨーク・フィルの新人アシスタント指揮者として「来日」した小澤征爾が初めてわが国のファンに広く名を知られたのも、その時のことであった。 私は当時貧乏学生だったから、とてもこのような公演には手が出ず、辛うじて最終日(5月6日)のバーンスタインとニューヨーク・フィルの一番安いチケット(5階L席、500円)を買ってストラヴィンスキーの「春の祭典」を聴きに行った。そして、同日夜行なわれたシュヒターとN響のコンサートの方には、当時の悪童どもがよくやったテを使い、タダで潜り込んで聴いてしまった。あの頃は、そんなことも簡単に出来るほど大らかな時代だったのである。結局それが私の東京文化会館大ホールへのデビュー(?)だったわけだが、2つの演奏会とも、あまり客の入りがよくなかったためもあって、このホールがいやが上にも広く大きく感じられたのも無理はなかろう。 しかし、かような私も、同年秋の第3次イタリア歌劇団̶̶マリオ・デル・モナコとレナータ・テバルディが共演した「アンドレア・シェニエ」をはじめ、その全演目に通いづめで熱狂することになる。日比谷のドライな音響に辟易して「音楽はレコードで聴いていた方がいい」と宣言していた生意気学生も、「東京文化会館でなら」と考えを改めたのであった。いいホールが出来ると「ホール効果」でクラシック人口が増える、というのは定説だが、私もこれをみずから実証したようなものである。 それにしても、東京文化会館というところは、今なお全く古さを感じさせないホールであるのが不思議だ。その頃落成したホールは都内にも、また他都市にもいくつかあるが、半世紀も年月が経てばなんとなく古色蒼然たる雰囲気になるものが多い中で、この東京文化会館は̶̶補修が巧く行なわれていることもあろうが̶̶出来た時そのままに、今でも変わりない雰囲気を誇っている(これに匹敵するのは63年に落成した日生劇場くらいなものだろう)。ホールの中は、今でも昔に変わらず美しい。ロビーの空間的な広さは、東京都内の大ホールの中で、今なお随一である。 この大ホールが温かみを感じさせる、いかにも「クラシック音楽の殿堂」といった豪華な雰囲気だったのに対し、小ホールに初めて入った時には「現代音楽によく合う雰囲気」だとわれわれは面白がったものだ。舞台背後に屏風が横になったような形で聳そびえ立つ反響版のデザインは、今日でも、極めて斬新さを失わないものだと思う。●こ うしてあの「東京世界音楽祭」から半世紀近くの時が流れたわけだが、2005年に開始された「東京のオペラの森」は、上野という地域全体を関連づけたフェスティバルとして、実に面白いものであった。私のように、まだ昔の「上野」のイメージを引きずっていた者としては、なるほど「上野の森」はまさに音楽会場と博物館がひしめくところなのだ̶̶と、改めて認識させられた次第なのである。 特にオペラは、フィレンツェやウィーンやパリのオペラ座との共同制作によるものだったが、どれも極めて水準の高いもので、筆者は大いに愉しんだものだ。黒一色の衣装でダンサーたちがコロス的な役割をした05年の「エレクトラ」、クリスティーネ・ミーリッツが予想外にストレートな演出を見せた06年の「オテロ」、吟遊詩人を画家に読み替えたロバート・カーセン演出の07年の「タンホイザー」、背景に降り続ける雪が見事な心象風景を描いたファルク・リヒター演出による08年の「エフゲニー・オネーギン」など、小澤征爾の指揮(06年を除く)も含めて、いずれもわが国のオペラ界における屈指の上演水準を達成したプロダクションだったといえよう。●さて、その流れを引き継いで昨年から「東京・春・音楽祭」となったフェスティバルだが、特に今年は、マニアにも入門者にも興味深いプログラムが揃っている。 呼び物の一つは、なんといっても巨匠リッカルド・ムーティが指揮するオルフの名作「カルミナ・ブラーナ」だ。ムーティといえば、06年にここで指揮したヴェルディの「レクィエム」の見事さをご記憶だろう。彼が振ると、弦をはじめオーケストラの音色が驚異的にしっとりと美しくなる。完璧な水準を求める彼の練習の厳しさには定評があるが、それだけに演奏は立派なものになる。この曲の主役たる大編成の合唱団̶̶東京オペラシンガーズが、日頃の表現力の巧さで、どのように応えるか。 しかも、出番は必ずしも多くないとはいえ、ソリスト陣がもったいないほどの顔ぶれである。人気のデジレ・ランカトーレは言うまでもないが、特にリュドヴィク・テジエは今欧州で日の出の勢いにあるバリトンで、日本ではなかなか聴く機会がなかった人である。焼かれて食べられる白鳥の嘆きを歌う個所でのマックス・エマヌエル・ツェンチッチの裏声にも興味が湧くだろう。リッカルド・ムーティ ⓒEMI Classicsマックス・エマヌエル・ツェンチッチデジレ・ランカトーレリュドヴィク・テジエ

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